教員免許を取るべく勉強していた22歳のとき、図書館で出会った一冊の本。今思えばその本がその後の人生を決めたように思います。林以一著『木を読む』。鋸ひとつで巨木を自在に板に挽く、「木挽(こび)き」と呼ばれる職人さんの本でした。夢中で読み切り、木の文化を担う「職人」に強く憧れたのでした。

 漠然と「木を扱う職人」になりたいと思っていたとき、縁あって大学の演習林があった静岡県の井川というところの森林組合に就職しました。当初は事務方の仕事が主だったものの、ことあるごとに「現場に行きたい」と口にしていたところ、人手が足りない過疎の山村だったこともあり、次第に現場が主な活動場所になっていきました。最初は怖いと思ったチェーンソーや重機も、扱ってみると案外面白く、何よりも70代の親方たちの仕事ぶりや知恵のすごさと山仕事のおもしろさに、どんどん引き込まれていきました。


 山深い井川での生活は、林業だけでなく、「山に生きる」暮らしぶりに強い興味を抱かせるものでした。それは、山菜採り・キノコ狩り・狩猟・養蜂といった四季折々の「山を活かし、山に生かされる」営みでした。山の達人ともいうべきおじいさんたちについて回りながら、「山遊び」=「山仕事」を体験していきました。狩猟免許を取ったのも、この時です。


 三年後、現場の技術を活かすための理論を学ぶべく、元・信州大学演習林教授の島崎先生の「山林塾」へ入塾することに決めました。


 そして信州に居を移し、炭焼きの原伸介と出会い、騙されて結婚し(詳細は『ボクは炭焼き職人になった』《怒濤の独立編》)、3年ほど炭焼きの手伝いをしましたが、今、再び林業の現場で汗をかく毎日です。「女性なのに、よくやりますね」と驚かれますが、体力的なことを言えばスポーツの延長のようなもので、体力のある女の域を超えないと思います(部活で鍛えられた根性だけはあるのかな?)。それよりも、おじいさんたちに学んだ山仕事の技術を継承しながら、時に納得のいかない理不尽な仕事(「お金にならない」という理由で樹齢数百年の木をその場に切り捨てたり)をやらざるを得ない状況の中で、日本の「木の文化」を担っていく意識を持ち続けていくことの方が大変だと思います。


 これから先のことは分かりませんが、どんな形であれ、ずっと山に関わって生きていきたいと思っています。