そう、あの日から始まった。
高校2年の冬、音楽好きだった自分は勧められるままにドラムのスティックを握った。
風景が加速して動き出してゆく。
メリーゴーランドが回りだした。 オール3で言いたいことも言えず、言いたいこともなく、
何がしたいかわからず、何もしたくなかった自分。
その時から動き出した「音楽で飯を喰う夢」。始めて湧き出した思い。
「安定した生活などいらない。」「自分の思いのままに自由に生きていきたい。」遅いデビューとなった(笑)。
楽器に対する思い、夢は膨らむばかり。
受験勉強などまったく身が入らず、2度の受験に運よく失敗。
これで正々堂々と音楽の道を目指せる身に。
定職につかず、音楽のための日々を送る。 職歴を重ね、新宿の地にたどり着く。 夢に届かぬ日々を送るが、 カミさんに巡り合い、サッカー観戦にうつつを抜かすことも。
38歳、人生の折り返し地点を前に叶わぬ夢と降ってきたような新たな夢。
地に根を下ろし、腰を据えて仕事がしてみたい。そして死ぬまで夢が追える仕事。
そんな農の道を歩くことを突如、決意。
だが、農業について何一つわからない。
そんな時は自分の考えられる最前線の現場に行くのが一番。
1ヶ月後、自分の中の最前線に行くことを決意し退職。
03年の4月、38年一度も離れなかった東京の生活を引き払い新たな夢を追う地、信州へ。
すぐに農業研修が始まるが戸惑う日々。
それも当然。だって何もわからないから。
だが真っ白な心が一切のこだわりを消し、 多くの現場に顔を出し、数々のご縁をいただく。
えにしの日々は始まっていた。04年多くの方の支えを糧に独立、妻とのドタバタ1年目の百姓シーズンを過ごすも、 奇跡的に結果に恵まれる。
05年、まさに奇跡の出会いの年。 多くの友に出会う。 宝という言葉が物足りなさを感じる。
06年、奇跡はまだ続く。 人との出会いは、人が苦手な僕の心を全く変えていった。
そして今、 振り返ると、ご縁という名の細い糸の上を歩いてきたことに気づく。僕が農の道に足を踏み入れて唯一こだわってきたこと、

それは「こだわらない」こと。

自分という、小さな存在の中だけで決めてしまう可能性より、
外界に広がる予想不可能な無限の可能性に身を任せること。
それは多くの奇跡的な出会いを与えてくれた。
皆が農の夢を具体的な形として描く中で、僕の農の夢は段々と形を失っていった。
それは僕一人だけではできないからである。
誰よりも美味しいスイカを作りたい。とても強く思う。そしてそれに対する努力は惜しまない。
でもそれができてもまだ50%以下。
人に食べていただいて、沢山の笑顔を作り出し、そして僕とお客様の間に生まれる「何か」が産まれて100%。
それは人との出会いが咲かせる、そこにしか咲かない「花」。
その花を咲かすのが目標であり、夢。
それは全てそれぞれが「唯一」の花。どんな形か色か香りか予想不可能。
だから僕だけの中で形になるわけがない。
でもそれが予想できないから面白い。

夢や目標を「決めない」こと。

それが夢と目標を実現する。今の想いである。